九龍城砦 クーロン城 今は無き香港に沈んだ生きた建築




 個人的に昔から増築を重ねたような特殊な建物が好きなのですが、そんな増築フェチにはたまらない建物である香港の九龍(クーロン)城砦について書きたいと思います。 絶対に訪れようと思っていたのに、1993年にクーロン城砦の取り壊しが決定したときは本気で落胆しました。 いまはもう現物は見れないので、本日は写真で一緒にクーロン城砦へ潜入してみましょう。

1.九龍城砦 クーロン城の歴史

九龍とは香港にある一部の地域の名前で、九龍と書いて日本ではクーロン、中国語ではカウロンと発音します。 そこにはかつて本物の城砦が存在し、清朝(中華人民共和国になる前の中国)の役人や軍隊が駐屯し、特産物である塩や香木を保管する場所として利用されていました。 アヘン戦争からはじまった中国からイギリスへの土地の割譲の一環で、1899年に香港が中国から英国へ租借された際、九龍城砦だけは香港の中にありつつも中国領として認められました。 中国が九龍城塞だけを中国領地として踏みとどまらせた理由は、全領土を渡さないことで99年後に約束された香港返還の際にスムーズに行う為でした。

2.どこの国にも属さない九龍城砦

英国、中国の条約で英国側は九龍城塞への立ち入りは禁じられていました。 そのため英国、中国合同で組織された香港警察も九龍城砦内部には立ち入ることができませんでした。 しかし法律の届かない九龍城砦は煙たがられ、英国軍による圧力で清朝の兵隊は九龍城から逃げ出してしまいました。 中国側は政権が変わった国民党政権も戦後の共産党政権も九龍城砦に役人をだれも派遣できず、中国からも見放された城砦となりました。 このため九龍城はどこの国の法律も適用されない「無法地帯」となりました。

中国と英国、両者で交わされた条約は「英国側は九龍城塞を中国領土として不干渉とする」「中国側は九龍城塞によって、英国側の軍事活動を妨げない」の二つであった。 この条約を盾に両国はお互い九龍城塞に近づく事を拒否し、英国は軍事活動の邪魔だと言って中国側からの役員派遣を許さず、中国は英国による九龍城塞の取り壊しを拒否し続けた事が背景にありました。

3.九龍城砦の増築化

戦後、中国が社会主義となり大陸側からの難民が香港へ殺到し、難民を冷遇した香港市街からこの不干渉の九龍城砦内に難民は身を移しました。 結果九龍城内でパンク状態となった大量の難民は城内に次々と自分達の住む建物を増築し、次々と高層ビルに建て替えられました。  法律の及ばない土地で移民達は建築法を無視した移住区の増設を続け、英国不干渉の土地は限られている為建築物は縦へ伸び、3ヘクタールの敷地に5万人以上もの住民が暮らす高層スラムとなりました。

実に5万人以上が暮らす立派な自治区となった九龍城砦のなかでは病院や学校、食品工場が作られ、巨大なコンクリートでできた1つの街として機能しました。 しかし法律は届かない為、無免許の医師や食品衛生法は無視されていたようです。

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4.九龍城砦の崩壊

1980年代に入ると、99年という契約だった香港割譲が返還の年へと近づき、中英両国がぶつかりあう必要もなくなりました。 英国政府は九龍城砦を英国領土として香港の法律を施行し、九龍城砦を取り壊すことを発表し、中国政府はこれを黙認しました。

九龍城砦に住む住民の猛抗議の中1993年にはあっさりと取り壊されて公園にされてしまい、1997年には香港全域が中国へと返還されました。

5.九龍城砦の魅力

なんといっても、法律を無視して勝手につくった巨大建築としては世界最大規模です。 とにかく大きく、高さも高いです。 法律では6階までしか作ってはいけなかった九龍地区も、九龍城砦だけは無法の為ぐんぐん増築をして、14階まであったそうです。 勿論エレベーターのようなものは存在しない為、うねうねと曲がりくねった細い道を歩いて上らなくてはいけません。 また、九龍城砦の近くには空港があった為無法建築の九龍城砦のいつもスレスレを飛行機が飛んでいたそうです。

電気や電話線は通っていたのですが、水道はまともに通っていなかった為住民は業者を使って地下水をくみ上げていました。 その為城内に数箇所ある給水地へと毎日足を運ばなくては水が手に入らなかったようです。

中にはレストランから寺院、床屋、診療所と、なんでもあったようです。 5万人のシェアがあるのでこれだけ内部で1つの街として発達するのも面白いことですね。 14階の屋上にはテレビのアンテナが林のようにひしめき、その中では子供達が走り回って遊んでいました。 また、九龍城砦内に人が増えた頃から、九龍城砦の中で生まれ育った九龍城砦人が増えだしたといいます。 そうした人たちは九龍城砦自体を故郷として愛しており、住民内で自警団を組織し、治安を維持していた為治安の心配はあまりなかったそうです。 一度入ったら出ることができないと言われた九龍城砦ですが、この頃にはガイド付で九龍城砦を観光するツアーなども増えており、住居と産業から観光まで全てをこの土地でこなしていました。

九龍城砦内での麻薬の売買等を組織していた裏社会でも住民に手を出すことは厳しく禁止されていたため、「無法地帯」と呼ばれる割には治安はよかったそうで、取り壊しの際はこうした裏社会のボスと、政治家、住民が一丸となって香港警察と戦いました。

 

香港 九龍城砦に隠しカメラで潜入

九龍城砦 ドキュメンタリー(日本語)

ハリウッドの荒くれ者 in 九龍城砦









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4 Comments

  1. すごい面白いです。
    無法地帯の違法建築九龍城砦。
    増築増築を繰り返していった割には
    造形美と存在感には眼を見張るものがありました。
    ちょっとした観光をした気分です。

    こんなアンダーグランドの雰囲気が
    ただよってる町並み大好きです。

    またちょくちょく拝見させていただきます。

  2. >SOUさん
    こんばんわ。書き込みありがとうございます。
    実用性だけで建築され、存在していた
    九龍城砦のような建物には独特の魅力がありますね。
    もう実際に訪れることができないのが残念です。

    できるだけ毎日更新していますので、また見に来てくださいね!

    アルバトロデザイン 猪飼

  3. ジャック

    スゴい!こんな記事をずっと探してた!
    ありがとうございます。

  4. IKAI

    >ジャックさん
    コメント大変ありがとうございます。
    建物、プロダクト、グラフィックデザイン、写真、映像などさまざまなジャンルで突出した作品・事例を記事にしておりますので、どうぞ色々と観ていってくださいね。

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