知られざる東京タワーの製作秘話




昭和の象徴でもある東京タワーについてです。調べてみると意外な事実が沢山ありました。その一部をご紹介していきたいと思います。

 

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1.東京タワーとは
 東京タワー(とうきょうタワー、Tokyo Tower)とは東京都港区芝公園四丁目にある東京地区の集約電波塔で、1958年(昭和33年)12月23日に完成しました。一般的に東京のシンボル・観光名所として知られています。 昼間障害標識として、頂点より黄赤色と白色を交互に配した塗装となっています。 この黄赤色と白色は赤と白のツートン・カラーだと思われていますが、実は「インターナショナルオレンジ」と白なんです。この色は航空法で定められ勝手に変えることはできません。また、現在は7等分に分けられていますが、建設当時から昭和61年までは11等分に塗り分けられていました。    当時、各局が建てていた電波塔は150メートルほどの高さで、送信範囲はおよそ半径70キロ程だったようです。電波塔が乱立するという景観的な問題もあり、航空安全の面でも危険が予想されました。さらに電波塔の位置が各局バラバラだから、視聴者はチャンネルを変えるたびに、アンテナの位置も微調整しないといけない。こうした問題を一気に解消させるために、東京タワー建設されました。

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2.東京タワーの建設場所
当初は上野公園付近への建設も検討されたが地下にある東京礫層地盤に基礎を打ち込むため、より浅い所にこの地盤がある現地域に決定しました。

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3.東京タワーの設計
東京タワーは、当初からただの総合電波塔としてだけではなく、見た目にも美しい東京の新名所、さらには「日本のシンボル」となることを目指して建設されたそうです。とはいえ、地震や台風の多い日本の風土で、300メートルを超す鉄塔を建てるのは至難の業。設計を手がけた建築構造学者の内藤多仲博士は、すでに名古屋のテレビ塔や大阪の新通天閣など30ちかい鉄塔を手がけた巨匠でしたが、そんな彼ですら計算尺を手に(驚く事に当時電卓が無かったようです)3ヶ月もの間、構造計算に明け暮れ、作成した設計図は1万枚におよんだといわれています。

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4.東京タワーの着工から完成まで
1957年(昭和32年)6月29日に増上寺の墓地を一部取り壊して建設が開始され、7月15日に最終的な設計図が完成し、9月21日には鉄骨の組み立てが始まりました。

建設中の1958年(昭和33年)6月30日に昇っていた鳶職1人が強風に煽られて転落死し、この塔の麓にある増上寺で葬儀を行ったそうです。

実際の工事期間は、昭和32年(1957年)6月29日から昭和33年(1958年)12月23日までのわずか1年半。昭和34年初頭の開業がすでに決まっていたから、異例のスピード工事で完成させたようです。現場では常時400人もの関係者が、朝の6時から夜の6時までフル稼働だったそうです。鳶の職人たちは、想像を絶する高所で30センチほどの足場をつたいながら作業していたようです。他にも鍛冶工や塗装工など、工事にたずさわった人の延べ人数は、なんと21万9335名になったそうです。

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5.東京タワーの材料
建設に伴い結果的に約4.2kt(4200t相当)の鋼材が使用されましたが、その中でも特別展望台から上の部分に使用されている鉄材の原料には朝鮮戦争後にスクラップされたアメリカ軍の戦車が使われているそうです。これは当時の日本では良質の鋼材に恵まれず、またアメリカにとっても旧式戦車を売却して新型戦車を製造した方がメリットが高かったからだそうです。

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6.アナログな職人の手作業
驚くことに東京タワーは、すべて鳶の職人たちが手作業で組み立てたそうです。もちろん鉄骨はクレーンで運び上げますが、そこからが彼らの独壇場。部材の穴に800度に熱せられたリベット(鉄のピン)を差し込み、ハンマーで一気に打ちつけ見事に接合させる。このリベットは、下にいる職人さんがあらかじめ炉の中で加熱していて、必要になると鉄製の箸ではさみ、なんと上の作業場へ放り投げるそうです。 それを上で待ち構えていた別の職人さんが専用の筒でキャッチするそうです。(笑)

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7.東京タワーの耐久性
タワーは地震の多い日本の風土に合わせ柔軟な構造に設計されているので、時間をかけて緩やかに揺れ、徐々に吸収される仕組みになっています。これは基礎工事の違いからくるもので、塔脚基礎は1脚に8本ずつの深礎脚柱(直径2mの鉄筋コンクリート柱)が東京湾海面水位(20m)まで地中深く達しており、1脚だけでも4,000tの重圧に耐え、更に各脚は地中で直径5㎝の鋼棒20本で対角線上に結ばれています。鉄塔は約90mの風速に耐え、関東大震災以上の地震にも耐えられる設計になっています。

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8.黄赤色(インターナショナルオレンジ)と白色
ほぼ5年に1度の周期で約1年かけて外観塗装を補修するそうです。作業時間は日の出から営業を開始する9時までに限定されています。最上部のアンテナを除く270mまでの塔体の上から順に足場を組み、まずケレン落としと呼ばれる下作業をし、下塗り、中塗り、上塗りと3工程が行われます。全てハケを使い人の手によって塗られるのです。

総塗装面積94,000㎡に使うペンキの量は、34,000リットル、延べ約4,200人が作業に当たります。
ちなみに使用する塗料を石油缶(18リットル缶)に置き換え、縦に積み重ねると東京タワーの2倍の高さになるそうです。

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9.東京タワーの電装
平成元年1月1日午前零時より点灯されているライトアップはデジタルアンテナ部分12灯、特別展望台上部16灯、特別展望台から大展望台まで40灯、大展望台下部16灯、大展望台からタワービル屋上まで84灯、塔脚部12灯の計180灯で構成されており、1年間で2回変更します。春・秋・冬はオレンジ色のライト(高圧ナトリウムランプ)、夏はシルバーライト(メタルハライドランプ)となっています。ランプは切れることはありませんが、万一切れた場合は直接人の手で交換します。

気になる電気代ですが、1日平均で21,000円程度だそうです。

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10.東京タワーの来塔者数
過去の来塔者数の最高記録は、年間で約520万人(昭和34年)、月間で約71万人(昭和34年8月)、1日で約4万人(昭和35年3月30日)という記録が残っています。まさに東京の日本の名所なのです。
(平成10年、1億3千万人達成。ほぼ日本人口の1人が1回昇った計算になります。)

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現在新東京タワーが建設中ですが、完成したあともこの旧東京タワーの魅力は失われず、むしろ増して行くと思います。 いまから50年も前に作られた鉄塔が今なお現役で活躍していてその美しさも衰えぬまま残っているのが素晴らしいですよね。最近行ってなかったので、初詣に増上寺にいきがてら見たいと思います。

アルバトロデザイン 横内 康弘









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2 Comments

  1. こんにちは
    事後承諾で申し訳ありませんが、貴ブログ記事を引用させていただきました。
    知人の東京タワー建設に携わった人が、今月亡くなりました。
    追悼の意を込めて、ブログを書きましたが、当時活躍している鳶職人の写真が欲しく検索して、貴ブログに行き着きました。
    颯爽とした鳶職人の方々に、当時の勢いを感じます。
    事後ですが、宜しくご了承下さい。

  2. もで

    すばらしい内容でした。
    facebookで紹介させていただきます。
    おねがいします。

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