いきなり暖かくなったり、また寒くなったりの日々で春を感じていいのかいけないのかわからない代表の猪飼です。 しかしあとはもう時間さえ待てば暖かくなっていく一方なのでしょうか。 今年も春は来るのでしょうか。 アルバトロデザインの公式サイトはいつできるのでしょうか。 まだまだ分からない事ばかりの2010年、代表 猪飼 です。 さて本日は最近なぜか母親が目をつけているらしいというファッションデザイナー兼政治家までこなしたというエミリオ・プッチの歴史からテキスタイル デザインの世界を覗いてみたいと思います。


1.ファッションデザインナーとスキープレイヤー、政治家とこなすエミリオプッチとは何者か

  1914年、イタリアのフィレンツェに格式高い貴族の家に生まれたエミリオ・プッチは、非常に多才な青年として厳格な家の元に育っていました。 20歳の頃、スキーが得意だったエミリオ・プッチはスキーのナショナルチームに所属するまでの腕前となりました。 そこで恵まれた家庭に生まれたエミリオ・プッチは自らのスキーウェアのデザインを手がけました。 そのスキーウェアが彼の人生を大きく変えることとなります。

 お坊ちゃまであるが故に可能にした、自らのスキーウェアデザインですが、彼には独自のカラー・センスと新しいファッションデザインへの自信があったようです。 彼のデザインしたスキーウェアは当時のコルセットを中心とした体を締め付けるような服ではなく、流線型の現代のスポーツウェアにかなり近いシルエットだったといいます。 動きやすく、無駄な装飾の無いミニマルなデザインに使用されたファブリック(素材)は、当時では誰も見たことも無いようなカラフルな色彩だったそうです。 このデザインが後にニューヨークの雑誌に掲載され、大人気となります。

 予想外の高校生のオリジナルスキーウェアの人気をうけ、掲載した雑誌社はエミリオ・プッチにスポーツウェアのデザインを頼みます。 これがさらに大ヒットし、デザイナーとしての人気が一気に高まり、エミリオ・プッチはファッションデザイナーの仲間入りをします。

 しかしエミリオ・プッチはファッションデザイナーとしてのみ傾倒することは無く、イタリアのミラノ大学卒業後、アメリカへ渡り2つの大学でさらに社会学を就学します。 1939年、イタリアに帰国したエミリオ・プッチはフィレンツェ大学で政治学において博士号を取得します。

 その後第二次世界大戦がはじまると、エミリオ・プッチはイタリア空軍へ入隊し、パイロットとなります。 さらに戦後は政治家となり、イタリア議会に10年以上も在籍するなど、デザイン以外での活躍も目覚しいものでした。

2.エミリオ・プッチのファッションデザイン

 高校時代にデザインしたスキーウェアひとつでアメリカじゅうの女性に愛された彼のデザインは、一体どういうものだったのでしょうか。 スキーウェアからはじまった為、はじめはスポーツウェア・デザイナーとしてデザイン活動を開始します。 イタリアの貴族らしく、ゴージャスで優雅なシルエットを彷彿とさせつつも、実用的で斬新なテキスタイルというデザインが彼のファッションデザインのベースとなります。

 特に特記すべきは万華鏡からヒントを得たという、幾何学的でカラフルな「プッチ柄」とよばれる図柄です。 これはまったく新しいデザインとして、マリリン・モンローやエリザベス・テーラーなど、アメリカ中の著名人に支持され、服だけでなくカーペットやカーテンなど、様々なものにプリントされました。

 さににはアメリカの航空会社の制服をデザインしたり、アポロ15号のロゴ、高級車の内装をデザインするなど、ファッションデザインだけでない彼の多才振りが伺えます。

 驚きなのは、エミリオ・プッチはこうしたデザインをイタリアの政治家としての活動の傍ら行っていたというところです。

3.エミリオ・プッチのテキスタイルデザイン

 スキーウェアの頃から一貫して、彼のテキスタイルには鮮やかな色彩が使われています。 それは今日に残る彼のブランドも継承しています。 また、万華鏡をモチーフにした散りばめられたような色彩は、幾何学的な一定のリズムをもっているのも特徴です。 これは1950年代アメリカでおきたデザインブームである「ミッドセンチュリー」の時代とも深く関わっています。  今の私達から見ると、カラフルでどこかレトロだけど、上品なテキスタイル・パターンです。

 

4.エミリオ・プッチというブランド

 エミリオ・プッチの死後、彼のブランドのデザインは娘のラウドミア・プッチ (Laudomia Pucci)が引き継ぎました。 2000年にはルイ・ヴィトングループの傘下に入った為、2001年からはアート・ディレクターとしてジュリオ・エスパーダやクリスチャン・ラクロワがアーティスティック・ディレクターを務めています。
 現在娘のラウドミア・プッチはイメージ・ディレクターを務め、スキーウェアのデザインも再開し、エミリオ・プッチの作り上げた世界を継承するコレクションは今もブランドと共に続いています。

 

 

Emilio Pucci Spring Summer 2009 Womenswear Full Show.

5.まとめ

 エミリオ・プッチの才能は、デザイン、スポーツ、学術、パイロット、政治家と、これらの両立から考えても疑いようの無いものをもっていたのだと思います。 また、テキスタイルやロゴまでデザインするグラフィックデザイナーとしての腕も見逃せません。
 幾何学的なセインの上に緻密に載せられたカラー・センスはグラフィックデザインという立場から見ても脱帽してしまいます。

 個人的になにより気に入っていて、興味深いと思うのは、エミリオ・プッチのグラフィック・パターンのあり方です。時代が変わり、デザイナーも経営者も変わってしまった今でも彼のブランドは継続して彼の作り出したオリジナル・パターンを読み解き、それを崩そうとしない姿勢で続いています。 どこかレトロなのに高級感があり、完成度の高い作品というのは短い年月で築き上げられるものではなく、カリスマ性のある指導者から始まり、長い歳月の中で何十、何百という人に守られて磨かれていくものであってほしいからです。

リンク/参考文献

エミリオ・プッチ 公式サイト
エミリオ・プッチ Wikipedia

関連サイト

エミリオプッチ風な戦艦 (Gigazine)