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昨日親知らずを抜いて、その後の腫れと激痛と闘っている横内です。 さて今日はお馴染みの炭酸飲料コカコーラについてです。これからクリスマスに向けて消費量も増える事間違いなしのコーラ、当時の広告やビンと一緒にご紹介して行きたいと思います。 

 
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1.コカコーラの歴史
   19世紀にアメリカで発明された世界初のコーラ飲料とされるコカ・コーラは世界的に有名であるのみならず、ペプシコーラやマクドナルドなどと並んで「アメリカ合衆国」を象徴する存在の一つです。発祥の地はジョージア州アトランタで現在も本社はアトランタにあり、同地にある “World of Coca-Cola” という博物館には多くの観光客が訪れます。博物館では世界各国のコカ・コーラの味を比較できるようです。

2.謎に包まれた原料
   その原液はアメリカで調製されて世界中に広く輸出されており、世界各地のボトリング会社によってコーンシロップ、砂糖などで薄められ、更に炭酸水で割られて、瓶詰め・缶詰めされ販売されています。風味はトップシークレットの香料7xと柑橘系およびスパイス系のフレーバー7~8種類程度の配合によるものと言われるものです。 7xの成分はコカ・コーラ社のトップシークレットであり、成分を知っているのは最高幹部の二人のみであると言われています。  2人である理由は1人が突然事故などで死んでももう1人が知っているので存続できるからだそうです。それ故この2人が同じ飛行機に搭乗することはないという。
   噂になっているコカイン含入についてですが、脱コカイン処理されているとはいえ、今でもコカの葉が成分の一部として含まれるそうです。7xはレモン・オレンジ・ナツメグ・シナモン・ネロリ・コリアンダー・(コカ)の6種(7種)をアルコールで抽出したものだと言われています。因みに、この7xとその他のフレーバーの配合レシピのことを「フォーミュラ」と呼びます。フォーミュラは1984年のカンザス計画によって1度だけ変更されましたが、抗議運動により3ヶ月で元に戻されて以降はコカインとカフェイン量以外は変更されていないそうです。コカ・コーラ社のフォーミュラは非公開ですが、真偽不明の情報がしばしば出回っています。かつてそれを基にして第三者によるOpen Colaという製品が作られたそうですが、コカ・コーラの味を完全に再現することはできなかったそうです。

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3.コカコーラとコカインの噂
   コカ・コーラの名称の由来となっているのは、コーラとコカインの成分を除去したコカの葉(当時はほぼアフリカ産)を原材料に使っていたからだそうです。ただし、どちらもコカ・コーラの主成分ではなく、コーラの種も他のコーラ飲料と同様に風味にほとんど影響を与えない微量です。

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4.自然療法とソーダ・ファウンテン
19世紀末期のアメリカでは、医者不足から代替医療・殊に自然療法や万能薬が広く庶民に多く受け入れられ、自然療法医や薬剤師は自らの治療法や薬剤の売り込みに躍起になっていました。

その一方で、1867年に人工的な炭酸水の製造法が発明されると、当時は何らかの効能があると思われていた炭酸水を客の注文に応じて調合して飲ませるソーダ・ファウンテンが薬局に併設されるようになった。こうして売り出された炭酸水には、当然薬効を謳うものも多く万能薬同様に売り込み競争が激化して行きました。

そんな自然療法家の一人に、ジョージア州アトランタを拠点に活動するジョン・S・ペンバートン (John Pemberton) がいました。南北戦争で負傷したペンバートンはモルヒネ中毒になっており、中毒を治すものとして当初注目され始めたコカインを使った薬用酒の開発を思いつきました。この種の薬用酒には既に類似品が多く出回っていたので、ペンバートンは、ワインにコカインとコーラのエキスを調合したフレンチ・ワイン・コカを精力増強や頭痛の緩和に効果のある薬用酒として1885年から売り出したそうです。

フレンチ・ワイン・コカは「ドープ(dope=麻薬)」と言う渾名で人気を博したが、やがてコカインの中毒が問題となるとともに禁酒運動の席巻によりフレンチ・ワイン・コカが売れなくなる恐れが出てきた。たまたま、うっかり炭酸水を混ぜてしまったものを風味付けのシロップとして売り出すことにして、ペンバートンのビジネスに参加した印刷業者のフランク・M・ロビンソンによってコカ・コーラと名づけられました。

ペンバートンのコカ・コーラはビジネスとして成功したものの、健康を害したペンバートンは早々とその権利をたった1ドルで売却してしまいます。更に権利関係の複雑さから数年間は人から人へと権利が移り裁判で争うこともしばしばようです。

結局、コカ・コーラの権利は1888年にエイサ・キャンドラー(後にアトランタ市長)の手に落ち、キャンドラーはペンバートンの息子らと共にコカ・コーラ・カンパニーを設立します。Coca-Colaのロゴ・Delicious and Refreshing(おいしく、さわやか)のキャッチコピーと一杯5セントの大量販売、更に原液のトレード・シークレットによる機密保護によってキャンドラーのコカ・コーラ・カンパニーは多くの収益を得ました。

この時代において特記すべきなのは、瓶詰めの販売方式を採用したことです。1899年に弁護士のベンジャミン・フランクリン・トーマスとジョセフ・ブラウン・ホワイトヘッドは、キャンドラーに直談判してコカ・コーラの瓶詰め権利を取得。二人はそれぞれボトリング会社(親ボトラー)を創立し、その会社が更に全米各地のボトリング工場(現地ボトラー)とフランチャイズ契約することでコカ・コーラは広く全米に普及していったようです。ただ、最初のうちはボトリング技術の未熟から瓶が爆発する事故も頻発し、1913年に品質管理と訴訟対応のためにボトラーをボトラー協会の下に組織化することになりました。

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4.FDAとの紛争
1903年、アメリカ国内でのコカイン販売が禁止されます。このためキャンドラーは原液の処方からコカインを取り除くことで事態に対処するが、一方で内国歳入庁との裁判闘争や類似品や商標の侵害に対する訴訟に明け暮れていた。   しかし何よりもキャンドラーを悩ませたのは、ハービー・ワシントン・ワイリー率いるアメリカ食品医薬品局 (FDA) との長きに渡る紛争なのは間違いないようです。FDAは、コカ・コーラに含まれているカフェインの毒性やボトリング工場の衛生の悪さを問題視し、1909年に原液を押収した上で裁判に訴えた。結局のところ(FDA側の証人の主張が余りに不適切に過ぎたため)コカ・コーラ・カンパニーは裁判に勝ったものの、原液に含有しているカフェインの量を減らさざるを得なかったそうです。

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世界でいまだに最も人気のある炭酸飲料であるコカコーラの歴史はとても興味深いものがありますね。長年囁かれているコカインについての噂ですが、現在のコカコーラにはコカは極々微量でなんら影響がないのでいくら飲んでも大丈夫です(勿論麻薬的な作用は元々完全に処理されて無くしてあります)。これからクリスマスパーテーでコカコーラの話がでたらこうしたコカ コーラの面白い歴史を語ってみては如何でしょうか。ただ僕は抜歯の激痛で集中力がかなり低下しているので冷たいコーラよりも痛み止めが欲しいところです。