ハンス・ルドルフ・ギーガー Hans Rudolf Giger グロテスクとエロチシズムが交錯するスイス人アーティスト




先週は風邪を引いてしまい大分参ってしまっていた横内です。  皆さんも体調管理には気をつけて下さい。 さて本日紹介させて頂くのはSF映画でも有名なエイリアン等のデザインを担当して有名になったスイスの画家、ハンス・ルドルフ・ギーガー(Hans Rudolf Giger)です。 独特な気持ち悪さとエロチシズムが交錯する作品はなんとも形容しがたい魅力を放っております。

1.ハンス・ルドルフ・ギーガー(Hans Rudolf Giger)とは

ハンス・ルドルフ・ギーガー(Hans Rudolf Giger、1940年2月5日 – )は、スイス人の画家で、デザイナー。ハンスリューディ・ギーガー(Hansruedi Giger)とも表記。スイスのグラウビュンデン州の州都クールという町で薬剤師の父親のもとに生まれました。建築設計を学んだ後、62~66年、チューリヒの美術工芸学校で、インダストリアル・デザインとインテリアを学んだ後、サルバドール・ダリ(Salvador Dali)やエルンスト・フックス(Ernst Fuchs )の影響を受け画家の道へ。 ダリをはじめ、サンタナ(SANTANA)1970年作『Abraxas(邦題: 天の守護神)』やシニック(CYNIC)『Focus』『Traced In Air』などのアートワークで知られるロバート・ヴェノーサ(Robert Venosa)といった画家たちと交流を持ち、シュルレアリスム/幻想画の世界で活躍します。
画風の特徴は、彼自身が“Biomechanical”と呼ぶ、肉体とマシーンが融合された“何か”で描かれるあからさま過ぎるエロ、グロ&ヴァイオレンス。重度の睡眠障害を患う彼が実際に見た悪夢の世界を形にした作品群は、観る者に心地よい不快感を与えます。
チューリヒでインテリアと工業デザインの仕事を始めた彼の最初の仕事はテーブルとマスクだったそうです。 60年代の終わり頃、女優と恋に落ちたギーガーは、特殊メイク用のマスクを作る仕事を始めます。その後ロンドンへ渡ったギーガーは、73年エマーソン・レイク&パーマーの「恐怖の頭脳改革」のジャケットを依頼されます。
この見事なジャケット・デザインが話題となり、世界的に注目を浴びるようになります。この「恐怖の頭脳改革」のジャケットは、LPでは真ん中から観音開きになっていて、開けると内ジャケ(下)の絵が出てくるようになっていました。工業デザインをやっているだけあって、緻密で繊細、色使いも無機質っぽいです。また、どことなく顔がエイリアンに似ていると良く言われますが、髪の毛の感じなどはまさにその通りです。また、スイスのバンド、アイランドのジャケットに出てくる顔などは、エイリアンそのもので、この頃からすでにギーガーの頭の中には、あの映画のエイリアンが住み着いていたのでしょう。
77年にアメリカへ渡った後は、主にホラー映画の特殊メイク用マスクを手がけます。そして80年、あの「エイリアン」の特殊メイクで一躍有名になりました。現在では、カヴァー・アートの仕事は減ってはいますが、まだ時折メタル系アーティストのジャケットなどで見つけることができます。

2.H.Rギーガーが世界的に有名になったきっかけ

『エイリアン』でオスカーを獲得したギーガーは今や世界的に注目を集める最もホットなアーティストとして、絵画制作のほか映画美術はもちろんポップミュージシャンのプロモビデオのディレクションなど、幅広い分野で華々しい活躍を続けます。また彼が創造した「バイオメカノイド」と呼ばれる人間と機械が融合したクリーチャ−、それら未曾有の生命体が廃墟世界を舞台に、時代の渾沌とした空気やコンピュータ文明とも呼応しあったシリコン・オカルトのアイコン群が次々と産み出されていくことになります。

『ネクロノミコン1』の発表、そして最愛の恋人リ−の自殺から10年の歳月を経て、ギーガーが満を侍して発表した第二作品集こそ『ネクロノミコン2』にほかなりません。「バイオメカノイド」の後、死があまねく統べる世界のなかにも、荒々しいエロティシズムと生命観を見事に描いた傑作群「エロトメカニクス」が登場する本書は80年代ギーガーの円熟期を代表するモノグラフとして美術史上に惨然と虹彩を放ちます。

3.映画エイリアン Alien との出会い

『エイリアン』の監督に抜擢されたリドリー・スコットは、映画の核心を担うモンスターのデザインを誰に託すべきかに行き詰まっていました。そんな折、脚本家ダン・オバノンから見せられた1冊のスイス人アーティストの画集に釘付けになります。リドリー・スコットがこの映画でイメージする暗黒の世界観のすべてが凝縮された本こそ『ネクロノミコン』にほかならなず、彼の目にとまった作品「ネクロノーム4」はもはや手を加える必要のないほど完璧に「エイリアン・モンスター」の禍々しくも優美な姿を体現していました。

エイリアンの不気味な怖さや、怪しい気持ち悪さをあれほどうまく表現できるのはギーガーただ一人だったと思います。 あの人間の手の様な顔面に張り付くエイリアンも衝撃的でした。そして鋼鉄のような長い頭部と鋭い歯を持った巨大なエイリアン。誰も見たことがない地球外生命体のクリーチャーを彼は想像だけで創り上げました。ギーガーの作品は、人間と動物と機械とが入り混じったような、想像上の生き物や風景が画面いっぱいに描きますが、エイリアンのクリーチャーもこうした絵画作品の中に、その原形があります。それは驚異的なイマジネーションの産物であり、強迫観念に苦しめられながら描いたものというよりは、脳裏に浮かぶイメージを冷徹に描いたものに見えます。ところが、ギーガーの自伝的なエッセイが書かれた画集『ネクロノミコン1』(トレヴィル刊)には、若い頃にギーガーを苦しめた悪夢について書かれています。

それは、通路の夢だったそうです。「私はたいていある大きな、ドアも窓も無い白い空間にいて、そのなかでたったひとつの出口といえば、暗い鉄製の開口部だけだった。(中略)この開口部を通ろうとすると、決まって行き止まりになってしまうのだった。(中略)そこで私は両腕を体にぴたりとくっつけ、管の中なかに入り込んだが、進むことも退くこともできなくなり、空気が不足してくるのを感じるのだった。目覚めが唯一の解決策だった」こうした夢を何度も見たあと、ギーガーはその通路を絵に描くことで精神的な危機を乗り越えたと書いています。その後あるとき、夢で見た通路の閉じられた出口とそっくりの光景を見つけました。それはゴミ焼却施設の、丸いふたのついたゴミ取入れ口でしたが、それを描写した絵には、単なる金属製の建物の一部には見えない、生き物のような雰囲気が漂います。「私にとって通路は、快楽と苦悩のあらゆる段階にわたって、生成と消滅の象徴となった。そして今日に至るまで、それは私を放免してはいないのである」

若い頃、自分の脳裏に浮かぶイメージしか描けなかったギーガーは、教師に理解されず、建築設計を学んだ州立学校では、コンテストに出してもらえなかったそうです。「人がいったん正直になれば、自分がしばしば不吉な考えに悩まされたり、身の毛もよだつ悪夢に襲われることを否定することはできないだろう。混沌とした内面生活を持つこうした人間のほとんどは、他人に悪い印象を与えたくないので、自分自身に対してでさえ、持っているに違いない倒錯した考えを認めることを恐れている」しかし、絵や言葉で表現することができれば、そういう人たちは救われるのだとギーガーは言います。

4.まとめ

初めてエイリアンを観た時の衝撃は凄かったのを今でも覚えてます。 完成された地球外生命体像が見事に作り込まれていましたよね。気持ち悪くて怖い怪物像っていうのは人間からかけ離れすぎてても駄目ですし人間に似すぎても駄目な気がします。近からず遠からず、それでいて変に濡れてる(笑) ベルセルクの三浦さんのタッチがたまにギーガーっぽさを思い出させるのは僕だけでしょうか。

そんなギーガーのバーが昔は白金にあり。 店内は完全にギーガーの世界観で統一された内装になっており、細部までこだわり抜いた造りだったそうです。一度は行ってみたかったです。。。









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2 Comments

  1. 赤ちゃんがいっぱい並んでる奴とか、バフォメットとか、三浦さんっぽいっす。なんにせよすげぇ・・。

  2. YOKOUCHI

    初めましてえぬおさん、アルバトロの横内と申します。コメント書き込み有難う御座います。三浦先生の昔の感じに少し似てるかなぁなんて思ったり致しましたが、最近は違う感じですね。いずれにせよ三浦先生もギーガー先生も素晴らしいものを世に送り出しているというのは間違いありませんね。

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