091213_02

アメリカ出身の双子のコマ撮り映像(ストップ・モーションアニメーション)作家として名を馳せるクエイ兄弟。、スティーブン・クエイとティモシー・クエイ、一卵性双生児の彼らの創り出す世界観は非常にユニークで、日本のアニメ会にも大きな影響を与えています。チェコのシュルレアリスムアーテイスト、特にコマ撮り映像作家として日本でも不動の人気を博すヤン・シュバンクマイエルに強い影響を受けた彼らが織り成す、退廃的且つ完成度の高い独自な世界観をご紹介します。

1.コマ撮り=モーションストップアニメーションとは
  アートアニメーションというジャンルは色々な細かいジャンルに細分化できます。 アニメーションと一言でいってもセルアニメ、実写を修正したアニメ、影絵、3DCG等に分けられるからです。 中でも最近静かな人気が日本にも浸透しつつあるのが日本ではコマ撮りと呼ばれる、モーションストップアニメーションです。
 コマ撮りはかつては色々な分野、業界で幅広く使用されてきた手法です。古くはロシアのアート・アニメーション作家、ユーリ・ノルシュテインが有名です。 その後ハリウッド映画や日本の特撮でもよく使われてきました。 CGが特撮に取って代わる前までは特撮に特化したアニメーション作家も存在し、ハリウッドでもレイ・ハリーハウゼンといった特撮専門のプロのコマ撮り作家が最も重宝された時代もありました。 しかし80年代後半から90年代にかけて映画の特撮はCGが主流となります。 そこで味としてのコマ撮りの道を選ぶ者と、リアリティとしてのCGを選ぶ者に分かれてきます。 勿論、ハリウッド映画界はほぼ全てCGをメインに取り入れていきます。 (ティムバートン監督のナイトメア・ビフォークリスマス等の例外も存在します)しかし逆にアート映像界はコマ撮りとCGに分断されます。 クエイ兄弟は正にその分断の時期に台頭したアーティストです。 彼らは敬愛するストップモーション・アーティストであるチェコのシュバンクマイエルの世界に魅了され、コマ撮りの世界に強く魅せられていきます。

091213_01

2.クエイ兄弟の軌跡
 1947年生まれのクエイ兄弟は一卵性双生児としてアメリカのペンシルバニア州に誕生します。ペンシルバニア最大の芸術大学を卒業後、1969年二人はイギリスへ渡りロンドンの王立大学院へ入学します。 以降活動拠点をイギリスとし、卒業後1979年、「人工の夜景」NOCTURNA ARTIFICIALIAを発表し、一部で高い評価を受けます。

1980年、王立大学の同級生キース・グリフィスと共にアトリエ・コーニンクを設立し、イギリスのchannel4(現在も続く民間チャンネル)の「シュバンクマイエルの部屋」というドキュメント番組向けの繋ぎとしての映像The Cabinet of Jan Svankmajer を制作します。内容はかなりシュバンクマイエルの作風をオマージュしたものでした。これにより”シュバンクマイエル的な”アートアニメーションとしてのコマ撮り技術を再確認し、独自の世界観の構築へと前進します。

3.クエイ兄弟の傑作、ストリート・オブ・クロコダイルの完成
 1986年、比較的こじんまりと制作活動を続けていた彼らの名実共に彼らの代表作となる「ストリートオブクロコダイル」Street of Crocodiles を発表します。 初期の頃から使用していた、小さなセラミック人形を使用した、ストーリーを伴う不気味でゴシック的な世界観をベースにした作風はこの作品でひとつの絶頂を迎えます。  因みにこの作品は1942年にゲシュタポに射殺されたポーランドの画家で作家でもあったブルーノ・シュルツの短編『大鰐通り』を基に制作されたそうです。  現代でも映像作家マーク・ロマネクや、日本の押井守等多くの映像に強烈な影響を与え続けています。

3.名作 失われた解剖模型のリハーサル
 1987年、クエイ兄弟の制作チームは失われた解剖模型のリハーサルRehearsals for Extinct Anatomiesを発表します。 クロコダイルから1年しか経っていないのに、内容は全く別な、時空を超えたような作風です。 コマ撮り特有の空間を止められる、という手法を大胆に使って時間軸を操り、不思議な世界観を演出しています。 真っ白に作られた部屋の中で空間に留まる球体等、無機質な世界観がとても印象的な作品です。

4.その後のクエイ兄弟の作品
1979年の「人工の夜景」発表以降、クエイ兄弟は休む事無く今に至るまで作品を出し続けています。 コマ撮りだけでなく、実写作品等も手がけており、常に新しい手法にも挑戦しているようです。 しかし彼らの中軸となるゴシック的な退廃した世界観は変わらず、見る側をとても選んでしまう作風なのは変わりありません。 しかし近年の作風はより柔軟になり、Piano Tuner of Earthquakes のように長編映画の制作もこなしています。シュバンクマイエルへの強いリスペクトから始まった当初の強いシュルレアリスムテイストから、独自の方向性へと次々にシフトチェンジを続ける彼らの作風は既にクエイ兄弟的な独自の世界観と言えます。 数多く制作されている彼らの作品をいくつかピックアップしてご紹介します。

1995 Institute Benjamenta “Classroom Dance”

2006 Piano Tuner of Earthquakes Trailer

Related Post 関連記事
レイ・ハリーハウゼン Ray Harryhausen 1980年代までの特殊撮影を築き上げた天才アニメーター   GWもなんとか仕事をがんばるアルバトロデザイン代表 猪飼です。 最近1980年代の映画の独特なパンチが恋しくなります。 1980年代の映画といえば、ハリウッド映画の全盛期でロボコップやジ...