暗黒舞踏 土方巽、大野一雄の創造した前衛舞踊の今 Japanese Contemporary Art dance: BUTOH




アルバトロデザイン代表 猪飼です。 すこし不気味な日本を代表するコンテンポラリーダンス、舞踏(BUTOH)についてです。 舞踏は海外でとても人気のある前衛芸術で、体を使って全感情を表現するという全く新しいタイプのダンスです。 本日は彼らの表現を探っていきたいと思います。

We are going to introduce Japanese Contemporary (Art) Dance : BUTOH. Originally this dance is coming with “暗黒舞踏派”(Dance Group of Darkness) in 1961. They built this dance style with avant-garde Japanese artists from music, films, fashion and contemporary drawing. Their dance is really strange at a glance. But once you know they are acting all emotion of human in shadow, maybe you can understand what they want to express from dance… 

1.暗黒舞踏とは?
What is BUTOH?

伝統的な暗黒舞踏といえば全身ドーランで白化粧をし、ツンと呼ばれるビキニで動き回るイメージですが、その背景にある思想は一体何なのでしょうか。 暗黒舞踏はもはや宗教のように様々な解釈が交差し、言葉でその存在を明確に定義することは非常に困難ですが、暗黒舞踏の表現思想は元々非常に強いものである事は確かです。 例えば、いわゆるダンスのような動きに対する型は暗黒舞踏には存在しましせん。 精神的な面でのみ型に近いものが存在し、あとはそれをいかに表現するかはその時、その場所、そしてパートナー次第となります。 また、大地を常に相手と考え、低姿勢での動きも特徴的です。
全て無の状態から想定された状態を想像して、手探りで動き出すのが暗黒舞踏のスタートです。 創造者の1人土方のメソッドは「イマジネーションと身体を結びつける回路の開発」と表現されたそうです。 こうした考えは当時は非常に前衛的でしたが、現在のほぼ全てのコンテンポラリー・ダンスの基礎となっています。
立って体の動きで表現をするダンスに対し、暗黒舞踏は「立ちあがるどころか、体を動かせるようにする所からはじめなくてはいけないダンス」なのです。 暗黒舞踏はこの世のあらゆる出来事や感情を濃縮して体で表現します。 全ての物事には強弱があり、その強い強弱を体だけで表現したものがあの動きや表情となっています。

「舞踏とは命がけで突っ立つ死体」(土方巽)
「ただ身体を使おうというわけにはいかないんですよ。身体には身体の命があるでしょ。心だって持っている」(土方巽)

It is really hard to define what is 暗黒舞踏 Ankoku-BUTOH. Since they have strong consciousness behind. And now there are great number of style from the original Ankoku-BUTOH. But there are no formation when they play BUTOH. It might only in mind. So the first thing they have to think is “how to move”. They say “Normally Dance is moving around and expressing with body on their feet. But for BUTOH, we have to start making the part of body move instead of standing.” This way to think is getting base mind of contemporary dance thesedays.

2.舞踊家 土方巽(ひじかた たつみ)を中心に創立された暗黒舞踏
Origin and History of BUTOH

暗黒舞踏は土方巽(ひじかたたつみ)、大野一雄を中心に1961年に立ち上げられました。 現代舞踏の様式として現在は単にBUTOH(ブトウ:舞踏)と呼ばれ、世界中のコンテンポラリー・ダンサーの1つの確立された様式として現在も公演されています。 当時の伝統的な舞踏に比べ、ジャンルを大幅に越えた前衛芸術家達と強い交流を持ち、高めあうことで強い支持を受けました。 特に全身を日本のドーランで真っ白に塗り、全裸でクネクネと動き回る姿は強いインパクトで衝撃を与えましたが、伝統的な舞踏界から異端児として強い批判を受け、1966年の「暗黒舞踏派解散公演」を機に解散します。

暗黒舞踏 Ankoku-BUTOH is established in 1961 by Tatsumi Hijikata who is one of JApanese Traditional Buto dancer. Ankuku-BUTOH was really unique style in 60s. They put Japanese Do-ran(famous makeup for Geisha) on whole body and twisting whole body without close. They played the new BUTOH dance with avante-garde artists at the time. However their unique style was kept out from traditional Japanese Butoh people and Ankoku-BUTOH broke up in 1966.

  Swiss Butoh Dancer Performance in Japan
スイス人舞踏家による舞踏 (日本の神社での演技です)

buto / butoh – deai dance
舞踏 出会いの舞

Nobuyoshi Asai Contemporary & Butoh Dance 2nd.part
舞踏家 浅井信好(山海塾舞踏手)による現代舞踊

3.暗黒舞踊から舞踏へ 現在の舞踏
Ankoku-BUTOH to “BUTOH”

暗黒舞踏は現在単に「舞踏:BUTOH」と呼ばれ、その強烈な表現方法と思想は分散して世界へ散りました。 暗黒舞踏が舞踏そのものの名前を食ってしまった背景には、敗退していったいわゆる伝統的な舞踏よりも暗黒舞踏の方がより印象的なものとなり、また海外で単に呼びやすかったという背景があったのかもしれません。

結果、ヨーロッパを中心にアメリカやアジア各地で前衛アートとして汲み上げられ、成長し続けています。 評価が低迷する本国日本に比べ、世界での舞踏パフォーマー達の活動によって評価は着実に上がっていると言えます。 暗黒舞踏時代の思想のさらなる分散化はその代償とも言えます。

そもそも舞踏の根源はドイツの新舞踏「ノイエ・タンツ」にあるとも言われている様に、言葉や固定フォームを持たない精神の表現である舞踏の世界に国境は無いといえます。 暗黒舞踏の誕生から半世紀が経った今、暗黒舞踏から発生、伝承された現在の舞踏は様々な解釈で世界へ広がっています。 その存在は日本ではオールド・スタイルとして日々アンダーグラウンド化しつつも、海外ではニュー・スタイルとして受け入れられています。

Now, we call Ankoku-BUTOH just “BUTOH” generally. Probably “Ankoku-BUTO” got more famous than traditional BUTOH and also it is easier to be called for people not in Japan.

Then BUTOH is getting famous for Avant-garde dancers. It can bacause they don’t need any language and rule to play BUTOH. Thank to no-language style, BUTOH style is spread across the world. There are so many new BUTOH styles in ther world.

 

  Nobuyuki Asai’s BUTOH playing
舞踏家 浅井信好(山海塾舞踏手)のPV

4.暗黒舞踊および舞踏のまとめ
Conclusion of BUTOH

暗黒舞踏から始まり、舞踏へと名を変えて今も広く、そして地下深く行き続ける日本発のユニークなコンテンポラリー・ダンス。 これだけ世界に広まっていても、当の日本では現在完全にアンダーグラウンドな存在となっています。 それはきっとあの特異なヴィジュアルのせいかもしれません。

暗黒舞踏の思想は実はとてもフレキシブルなもので、実はとても応用がきくものです。 現在暗黒舞踏先進国とも言える日本では様々な劇団が暗黒舞踏時代の表現を汲み取った独自のスタイルを築き、言葉を発するスタイルや、スキンヘッドにしないスタイル、ドーランを付けないスタイルといった簡略化したものから逆に血を吐いたり、水の中に入ったりとハードになったものまで無数に存在しています。

どういったスタイルであれ、分化され広がるのは強烈な影響を人に与える魅力があったからだとおもいます。 日本で今でも観ることができる舞踏、半世紀にわたる日本のアンダーグラウンドな歴史を一度観にいってみるのもいいかもしれませんね。

Even BUTOH got really popular in the world, It is still underground in Japan. It can be because unique style they have. But style of BUTOH is really flexible and easy to be combined another dance style.
Now, BUTOH is still underground in Japan. But BUTOH already have half century history in Japan. If you visit Japan, visiting BUTO culture can be interesting to see underground Japanese culture.

  

 

 

2006 Winter Press Exhibition “TRUE JEANS FOR MODERN GENERATION”
(BUTOH Dance in Levis Commercial)
舞踏家 浅井信好(山海塾舞踏手)の振り付け、監修によるLevisのCM

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2 Comments

  1. 日本ブログ村から来ました。バイリンガルの舞踏解説、重宝します、有難うございます。
    知り合いの写真(Haruko@Seattle)が載っていたりして…。はるこさんたちのプロジェクトDAEは今年、Frye Museumで大々的にExhibitionをやっています。

  2. IKAI

    >薫さん
    コメントありがとうございます。知り合いの方だったんですね!
    なかなか実際に舞踏を観に行く機会はないですが、DAEチェックしてみますね。
    今後とも弊社のブログを宜しくお願いします。

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