無類の玩具好きで有名な横内です。  私たまにトイザラスに行くのですが、あそこはいつ行ってもワクワクする気持ちにさせてくれます。中でもレゴ売り場は私の大のお気に入りなんですが、最近?すごいオシャレなシリーズが出ているのでレゴの歴史交えてご紹介致します。 ドンミスイット!! で御座います!

1.レゴの歴史
    現在のレゴ社の製品は洗練されたシステムを持つプラスチック製の上質な組み立てブロックですが、創業当時は家具店だったそうです。レゴ社の歴史は、デンマークのビルンにオーレ・キアク・クリスチャンセンが作った木工所から慎ましやかに始まります。創造的な家族経営のこの会社は、後に世界中で人気の玩具会社へと成長します。

   1916年にビルンに開いた木工所で、オーレ・キアクは地域の農家向けに家と家具を作って生活していました。助けは、少数の見習い社員だけだったそうです。1924年、2人の幼い息子が木の削り屑に火を着けた為に木工所が火事で焼け落ちます。クリスチャンセンは災難にもめげず、木工所を大きくする機会だと捉えて更に仕事に励みました。しかし間も無く世界恐慌が生活に影を落とすようになります。制作費を切り詰める方法を探す内、設計支援として製品の縮小模型を作り始めました。この時作った梯子やアイロン台の模型が、後に玩具を作る切っ掛けとなっています。

   オーレ・キアクは、引き廻して遊ぶ木製玩具や、豚の形の貯金箱や、自動車やトラックの玩具を作り始めました。ささやかな成功を手にしたのですが、多くの家庭は貧しくて玩具を買う余裕がありませんでした。地域の農民達の中には食物と引き換えに玩具を買う者もいたそうです。このような情勢の中、収益を得る為には玩具だけでなく実用的な家具も作り続ける必要がありました。1930年中頃、ヨーヨーが流行した御蔭で一時的に仕事が活発になりましたが、流行はあっという間に過ぎ去ります。ここでオーレ・キアクは再び不利を利点に変えます。ヨーヨーの未使用部品を玩具のトラックに流用したのです。この頃息子のゴッドフレッドが一緒に働き始めます。

   1934年、社名を LEGO にします。「よく遊べ」を意味するデンマーク語 “leg godt” から、クリスチャンセンが作り出した言葉だそうです。
  

   プラスチックの使用が広がる時代の流れに合わせ、オーレ・キアクはプラスチック製の玩具を作り始めます。最初の組み立て式玩具の一つは、部品を組み替えられるトラックでした。1947年、オーレ・キアクとゴッドフレッドは、 Kiddicraft 社が制作したプラスチック製結合ブロックの型見本を入手しました。これは自動結合組み立てブロック (Kiddicraft Self-Locking Building Bricks) といって、イギリス人の Harry Fisher Page がデザインし特許を取得したものです。1949年、レゴ社はこれに似たブロックを、自動結合ブロック (Automatic Binding Bricks) と名付けて発売しました。このアセチルセルロース製のブロックは、積み上げて遊ぶ伝統的な木製ブロック(積み木)の精神で開発された、相互に結合するプラスチック製ブロックです。ブロックの上部には数個の突起(スタッド又はポッチという)があり、底は長方形の空洞になっています。互いにくっ付くが、外す事が出来ない程はきつくありません。1953年、ブロックに新しい名前が与えられました。 LEGO Mursten 即ち LEGO Bricks (レゴブロック)です。

   玩具にプラスチックを採用する試みは、当時の小売り業者や消費者には受け入れられず、売れ行き不振で返品の山となったそうです。プラスチック製玩具が木製玩具と置き換わる事はない、という批判もありましたが、キアク・クリスチャンセンは気を変える事なくやり通したそうです。1954年までにゴッドフレッドはレゴ社の常務取締役になっていました。ゴッドフレッドは海外の玩具業者と話し合いをした際に、玩具システムの改良案を考え出しました。ゴッドフレッドは、創造的な遊びのシステムになる大きな可能性をレゴブロックに見ていたが、ブロックには技術的な面でまだ問題がありました。結合力に限界があり、作れる形に限りがあったようです。今日見られるブロックのデザインが出来上がったのは1958年の事で、改良点はブロックの裏側の空洞に配した円筒です。これによって、底面の結合力が増し、色々な形を作れるようになったようです。同年、オーレ・キアク・クリスチャンセンが死去し、息子のゴッドフレッドが会社を引き継ぎました。

レゴ社は年々着実に成熟して来ました。1960年、倉庫が火事になり木製玩具の在庫が殆ど失われましたが、幸運にもレゴブロックの製造設備は火災に耐えました。レゴ社はこれを期に木製玩具の生産中止を決定します。   1961年から1962年に掛けて新しい部品としてタイヤが登場し、自動車、トラック、バス等の乗り物をレゴブロックで作れる様になり、この時までにレゴのシステム・オブ・プレイ(遊びのシステム)には50以上のセットが出来ていたそうです。   1963年、ブロック素材をアセチルセルロースから、より安定したABS樹脂に代える。ABS樹脂には毒性がない他、アセチルセルロースに比べ変色・変形が少なく、熱、酸、塩、その他の薬品に強いという特性があります。ABS樹脂は2009年現在も採用されており、1963年にABS樹脂で作られたレゴブロックと、46年の年月を経ても正常に結合させられるそうです。1964年、レゴセットに初めて組み立て説明書が同梱されました。

 
1968年6月7日、レゴランドがビルンで開園しました。このテーマパークの目玉は、全てレゴブロックで作られていて、町の精巧な縮小模型で広さは3エーカー (12,000 m2) 、初年度だけで62万5千人の入場者があったそうです。その後の20年間で面積は8倍以上になり、1年あたりの有料入場者数は百万人近くになりました。1968年には1800万個以上のレゴセットが売れたそうです。
1978年 レゴの世界に「ミニフィグ」が追加されました。手足が可動し、顔には笑顔が印刷されている人形です。以降、ミニフィグに大きさを合わせた建物や道路、乗り物、鉄道、ボート等を揃えて、笑顔の市民が住んでいる精巧な町を作れるようになりました。
試作段階のミニフィグは肌の色や表情が多様でしたが、採用されたのは黄色い肌と標準的な笑顔のみでした。黄色が選ばれた理由は人種差別などないニュートラルと幸せ感とを表現するためとのこと。後のスター・ウォーズやハリー・ポッター等の版権商品では特定の登場人物を現すミニフィグが登場するようになり、2003年のレゴ・バスケットボールの登場と共に、肌の色が増えました。 1990年レゴ社は、ヨーロッパで唯一の、世界10大玩具会社の一つになりました。

 
 

2.レゴの現在
プラスチックのブロックが世に出て以来、数千ものセット商品が販売されて来ました。その題材は多岐に亘り、宇宙、ロボット、海賊、中世の城、恐竜、街、郊外、西部開拓時代、北極調査隊、船艇、レーシングカー、鉄道、スター・ウォーズ、ハリー・ポッター、スパイダーマン、バットマン、インディ・ジョーンズ、トイ・ストーリー等様々です。

 

 

 

 こうしたテーマの広がりの中、1990年代中盤以降の一時期、製品の部品構成の簡素化が進み、車なら車の形状がある程度できあがっているようなセットすら登場したこともありましたが、2000年代に入ってからはこうした製品は影をひそめ、きちんと段取りを踏んで形を作る製品が復活しています。また、ミニフィグ基準のスケールでできた製品にとどまらず、小さく精密なセットやかつてのモデルチームシリーズの流れを汲むような複雑なセットが多くラインナップされるようになりました。
経済困難
2003年、レゴ社は14億デンマーク・クローネ(当時の為替レートで約2億2千万USドル)の財政赤字に直面しました。 Poul Plougmann 社長は解雇され、ケル・キアク・クリスチャンセン(オーレ・キアク・クリスチャンセンの孫)が引き継ぎました。翌年には予算削減の為千人近くの従業員が解雇されたようです。

2004年10月、更に大きな赤字に直面し、クリスチャンセンは再び社長を辞任すると同時に、個人資産から80万デンマーク・クローネを会社に投入しました。

会社を軌道に戻す為の将来の計画には、レゴランドを他のクリスチャンセン一族の会社へ売却する事と従業員の削減が含まれます。多くの玩具会社が実行しているように、レゴブロックの製造拠点を中華人民共和国に移転する案が議題になっているそうです。

3.レゴの製造
レゴブロックにおける一般的な基本色は、赤、黄、青、黒、白、灰色です。1990年代から徐々に他の色も多用されるようになり、現在では濃灰色や緑色、砂色、茶色なども多く見ることができます。透明のブロックもあります。レゴ社は長年、緑色のブロックを作らなかったそうです。それは戦車や軍用機を作るのに使用されて、レゴ社自らが戦争を推奨しているかのように見られてしまうのを恐れたからだとか。しかし様々な中間色のブロックや近世の銃器がセットに含まれている現在では、こうした懸念は過去のものとなってしまっているようです。

 

 レゴブロックのデザインはどれも単純明快で、使い方の説明を要する部品は少ないです。 子供向け玩具なので、説明書を読まなくてもそのブロックの機能が分かるようアフォーダンスデザインが取り入れられているそうです。

レゴブロックには時代やシリーズを超越して共通する互換性という大きな特徴があり、 例えば10歳の子供が1歳の頃に遊んだデュプロをテクニックシリーズに混ぜて遊ぶという事も出来ます。 このように利用者の年齢に柔軟に対応できる為、レゴブロックは他の積み木や流行玩具の様に、利用者が成長すると今までの玩具がゴミに変わる、という無駄が起きない。経済的にも環境にも優しい玩具と言えます。

レゴブロックは世界各地で製造されている。2003年現在、成形はデンマークとスイスの2つの工場のうちのひとつで行われています。ブロックの装飾と梱包をする工場は、デンマーク、スイス、アメリカ合衆国、大韓民国、チェコにあります。レゴブロックの平均生産量は、一年間におよそ200億個、一時間になんとおよそ230万個だそうです。

 

 ブロック、車軸、ミニフィグ等レゴシステムの全部品は、製造時に厳しい許容誤差を定められています。部品同士を結合した時には、適切な結合力によって、外そうとするまで離れないという状態にならなければいけません。簡単に外れるようでは、ブロック同士がすぐバラバラになってしまいます。逆に、中々外れないようでは、他の物を作ろうとしても組み替えられなくなってしまいます。丁度良い結合力を持たせる為、製造誤差の許容範囲が0.002mm以内、或いは0.00008インチ以内とされているそうです。

高い品質を維持する為の技術として、金型の容量の小ささが挙げられます。玩具会社によっては、製造費を抑える為に同時に60個の部品を扱える金型を使う事があります。レゴの金型は一般的に容量がもっと小さく、精密に機械加工されていて、数万ドルの費用が掛かる例も多いそうです。この射出成形金型にはセンサーが付いていて、質を下げる原因となる圧力と温度の変動を検出出来ます(金型内部でABS樹脂にかけられる圧力は25~150トン、温度は摂氏232度にも及ぶ)。金型で成形された製品は人間が慎重に検査し、色や形に目立ったばらつきがないように確認します。使い古した金型は、他社の手に渡らないように建物の基礎に入れられる。

成形処理は非常に精密なので、標準規格に適合しない数は、100万個中たった18個である。このような製造への気遣いのお陰で、レゴ社は何十年にも渡って高い品質を維持して来た。この品質の拘りの為、30年前に製造された部品と現在の部品はしっかり結合させる事が出来るのです。

 



 
アメリカのロックバンドホワイト・ストライプスの歌「フェル・イン・ラブ・ウィズ・ア・ガール」 (Fell in Love with a Girl) のミュージック・ビデオにもレゴが使われています。監督のミシェル・ゴンドリーは、先ず実演をビデオに撮影し、それをデジタル化した動画を、全てレゴブロックで再現してコマ撮りアニメにしそうです。この作品は2002年にMTVのビデオミュージック賞を受賞しました。 モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイルの DVD には、レゴのミニフィグで『キャメロット』のミュージカル場面を再現した作品が収録されています。

 
2007年に出たレゴのタウンシリーズがヤバイ事になってます。内容はシャレオツなヨーロッパの町並みキットなんですが、まずとてもレゴとは思えないくらいの可愛くない価格設定、しかしそれを軽く凌駕するめちゃくちゃオシャレで可愛い存在感に一発でやられます。外見だけでなく内装もちゃんとありますし、パーツの一つひとつが凄まじく細かく凝った作りになっていてとても子供向けとは思えません。   いくつか建物の種類が出ていて建物同士が連結できるのでちょっとした町も作れます。組み立てる時はジグソーパズルをしているような感覚で楽しく作れて、その後は部屋のインテリアにもなります。 レゴ=子供のおもちゃという常識が覆される事間違いなしです!